

組合の代表理事という立場で仕事をしていると、
強く賢くならなければ、と自分自身に投げつけることがあります。
しかし、私自身の根底にあるのは、物覚えが悪く成績も低迷し、
いつも自分の世界の狭さに怯えていた「のび太」のような少年時代の記憶です。
印刷職人の現場で、あるいは立ち止まった喪失の淵で、
私が何を拾い、何を言葉に変えて歩んできたのか。
これまでの「散歩道」を少し詳しくお話しさせてください。
1970年、福岡市生まれ。3人兄妹の中間子として育ちました。
幼稚園から小学校にかけては、おとなしく引っ込み思案で、友達も少ない子供でした。
物覚えが悪く成績も低迷していた小学6年生のとき、ロックミュージックとギターに出会い、
自分の世界の狭さに気づきました。この時の衝撃は、
まさにドラえもんと出会った「のび太」のような大きな転機となりました。
その後、バンド活動が盛んなキリスト教系の高校へ進学し、
音楽に打ち込みながらキリスト教の精神に触れる機会を得ました。
大学では写真を専攻し、日本の風土や生活文化の研究に没頭しました。
西日本各地を車中泊で回りながら、人々の暮らしを写真に収める日々を過ごしました。
卒業後は「表現と伝達」の原点である印刷職人の道を選び、
ビジネスフォームから画集、写真集に至るまで、数多くの媒体を世に送り出してきました。
私が印刷したポストカードや手帳がお店で販売されているところを見たときの感動は、
私の仕事人の原点です。
また、著名な画家の先生の横で、一枚一枚の色を微調整しながら画集を印刷した緊張感は、
プロフェッショナルとは何かを叩き込まれた時間でした。
その過程で「どれほど印刷技術を極めても、見せ方が良くなければ読み手には伝わらない」
という現実に直面しました。
それを機に独学でデザインやマーケティングを学び、
販促企画やWEB制作、商業出版の編集サポートなど、メディアの現場でキャリアを積んできました。
その後、コスト削減コンサルティング会社、株式会社西日本情報サービスへ入社し、
グループ統括本部長を経て、現在は日本高速情報センター協同組合の代表理事を務めています。
ビジネスの最前線で職務に邁進する一方で、
高校時代より禅や密教などの伝統的な仏教思想を学び、
日本メンタルヘルス協会の衛藤信之氏に師事し、実践的な心理学を学んできました。
また、児童文学の世界に親しみつつ、
20年以上にわたり短歌を用いた「自己対話」をライフワークとして継続しています。
これらを通じて、複雑な感情を納得感のある言葉へと昇華させる独自のメソッドを確立しました。
キャリアを積み重ねる途上では、
自らも深く心を病み、仕事ができなくなるという喪失の淵を経験しました。
その際、意識の対象を「心」から「行動」へと切り替え、自ら使う言葉を変えていくことで、
少しずつ日常を取り戻すことができました。
専門知識だけでは救えない絶望を、
自ら紡ぐ「言葉」と徹底的な「内省」によって乗り越えたこの経験こそが、
私の現在の活動の原点です。
現在は、経営者としての「組織の論理」と、個人としての「感情の機微」の間に生じる、
視点のズレや葛藤を自らの探求テーマとしています。
私自身、代表理事として現場との距離に悩み、試行錯誤を繰り返す日々の中にいます。
その両面を「心と思考の翻訳家」として言葉にし、
社会人として育てていただいた恩返しとして、企業の発展のみならず、
そこに生きる「個人」の心に灯をともせるよう、対話と執筆を続けています。
草野 崇
日本高速情報センター協同組合 代表理事 | 心と思考の翻訳家