

歌手になりたかった父は、カラオケが好きでした。
CDもなく、ステレオがまだ貴重品だった時代に、
8トラックのカラオケ専用機を買い、毎日大音量で歌っていたのです。
私や兄、妹が試験勉強をしていても、体調を崩して寝ていても変わりませんでした。
家族には、父のカラオケを止めてはならないような空気がありました。
父が頑固親父だったからではなく、家族のどこかに、
その歌声を少し誇らしく思う気持ちがあったのだと思います。
歌がはじまると、どこかほっとした気持ちになる。
家族全員が、そうだったのかもしれません。
もっとも、私と兄がロックミュージックを聴くようになると、
その歌声は次第に「邪魔なもの」になりました。
自分の好きな曲を大きな音で聴けなかったからです。
それでも、気持ちよさそうな父の歌声には敵いませんでした。
当時の父の年齢をはるかに超えた今、
ふとした瞬間に父の十八番を口ずさむことがあります。
今になって思えば、反発しながらも、気がつけば心の中で口ずさんでいたのです。
苛立ちより先に、体がその歌を覚えていた。
あの頃の自分には、まだわからないことがありすぎました。
あれほど騒がしく感じていた歌声が、いつの間にか自分の中に染み込み、
心を整える記憶になっていたのでしょう。
人は皆、日々つまずき、立ち止まり、ため息をつきます。
けれど、自分でも気づかない心の奥に、
そっと自分を支えてくれる何かを持っているのかもしれません。
それは案外、子どもの頃に当たり前だった風景の中にあるのではないでしょうか。
草野 崇
日本高速情報センター協同組合 代表理事 | 心と思考の翻訳家
このコラムを書いている私の、少し長い散歩道の記録です。
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