

小さな頃から、父が繰り返し話してくれる話があります。
父の兄、つまり私の伯父は、音楽家を志していました。
九州の小さな村では珍しく、幼い頃から音楽の才に恵まれ、
中古のバイオリンを手に入れ、
いつか古賀政男の弟子になることを夢見ていました。
祖父もそんな息子を、自慢にしていたといいます。
ところが太平洋戦争が始まり、時代の空気は一変しました。
伯父が「東京へ出て音楽の勉強がしたい」と打ち明けると、
祖父はきっぱり言ったのです。
「東京なんか、遠いところへ行くことはならん」と。
その後、伯父は満州鉄道へ勤めることになりました。
大陸の慣れない気候の中で結核を患い、九州に戻って療養したものの、
二十代のうちにこの世を去りました。
父はいつも、この話になると決まって同じことを言うのです。
「東京より、満州の方がずっと遠かとに。
しかも、船と鉄道を乗り継いで、命がけで行って。
なのに、じいさんには、東京の方が遠く見えたとよ」
当時の社会情勢や価値観は、今とは大きく違います。
戦争へ向かう時代の空気の中で、祖父なりの考えがあったのでしょう。
誰も責めることはできません。
時代がそうさせたし、それが親心でもあった。
夕暮れの道を歩いていると、遠くの山が近く見えることがあります。
反対に、すぐ手が届きそうな場所でも、
気持ちの上ではとても遠く感じることがある。
この話を思い出すたびに、私は自分自身に問い返します。
今、私が「遠い」と感じているものは、本当に遠いのだろうか。
「近い」と信じているものは、本当に近いのだろうか、と。
私たちは知らず知らず、
自分の感覚が描く地図の上で生きています。
その地図が正しいかどうか、
立ち止まって確かめることは、思っているより難しい。
でも、確かめようとすること自体が、
もう一歩、世界を広げることなのかもしれません。
草野 崇
日本高速情報センター協同組合 代表理事 | 心と思考の翻訳家
このコラムを書いている私の、少し長い散歩道の記録です。
のび太だった僕の散歩道 ― 続きはこちら
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