

ある男の子がいました。
その子は、いつも元気だと思われていました。
よく笑い、よく走り回り、先生の質問にも大きな声で答える。
周りの大人たちは、「明るくて元気な子ですね」と
口をそろえて言っていました。
ある朝、その子はいつものようにお母さんと幼稚園へ向かいました。
教室の前で帽子を脱ぎ、先生に挨拶をした時です。
先生は笑顔でこう言いました。
「○○くんは、いつも元気でいいね」
すると、その子は突然泣き出したのです。
お母さんも先生も驚きました。なぜ泣いたのかわかりません。
褒められたはずなのに、その子は声を押し殺すように泣き続けました。
もしかすると、その子は「元気」ではなかったのかもしれません。
寂しい日も、不安な日も、
本当は誰かに気づいてほしい瞬間もあったのでしょう。
それでも周りから「元気な子」と見られているうちに、
自分の気持ちをうまく言葉にできなくなっていたのかもしれません。
私たちは、つい相手をひとつの言葉で理解しようとします。
「明るい人」「優しい人」「しっかりした人」「怖い人」。
その方がわかりやすく、安心できるからです。
けれど、人の心はもっと曖昧で、その時々で揺れ動いています。
本当は疲れているのに笑っている人もいます。
平気そうに見えて、ぎりぎりのところで踏ん張っている人もいます。
反対に、厳しい言葉の奥に、不器用な優しさが隠れていることもあります。
言葉は、心そのものではありません。
人が発する言葉や態度は、その瞬間だけを切り取ったものに過ぎないのです。
だからこそ、誰かを見る時も、自分自身を見る時も、
「この人はこういう人だ」と
急いで決めつけないことが大切なのかもしれません。
人の心には、言葉にならない声が、静かに流れているのです。
草野 崇
日本高速情報センター協同組合 代表理事 | 心と思考の翻訳家
このコラムを書いている私の、少し長い散歩道の記録です。
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